大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和44年(ワ)3735号 判決 1971年4月08日

理由

一  建設業を目的とする株式会社である破産会社が昭和四三年九月三〇日破産宣告の決定を受け、弁護士松田孝が破産管財人に選任されたこと、被告会社は昭和四二年六月下旬頃破産会社に対し約二千万円の債権を有していたことから、その頃破産会社所有の本件物件を破産会社から譲渡を受け、その後これを他に譲渡したことは、当事者間に争いがない。

二  本件物件の譲渡行為について

《証拠》を総合すれば、次のとおりの事実を認めることができる。

破産会社は昭和四二年六月下旬資金繰りに窮しており、最後の頼みの綱として申入れてあつた東京相互銀行からの融資も同月二八日には拒絶され、同日支払期日の到来する手形の決済もできなくなつた。当時破産会社の債務総額は約三億七千万円程度に達しており、これに対して資産としては約一億円相当の工場と二千万円か三千万円程度の機械類にすぎず、しかも工場、機械類には東京相互銀行その他の金融機関の抵当権が設定されており、無担保債権者に対して弁済する資力は殆んど全くないといつてよい状況にあつた。

ところで当時被告会社は破産会社の下請けをしていた関係があり、破産会社の代表者であつた平島辰治は、被告会社に対してはできるだけ迷惑をかけたくないと考え、六月二九日破産会社所有の機械の一部を被告会社に譲渡しようと考え、被告会社代表者狩野安男に、「手形不渡となることが必至の状態であるから、債務の担保として機械を引取つてもらいたい」旨を告げ、被告会社は同日本件機械の引渡しを受けた。その際、被告会社にだけ機械を引渡したことが、他の債権者に知れたときには、被告会社が破産会社の財産保全のために保管するのであると説明することを打ち合せた。

右の事実を認めることができる。被告会社代表者本人の、同年四月頃から被告会社が破産会社に対して、担保の提供を要求しており、その実行として本件物件が引渡されたものである旨の供述は、前掲他の各証拠および被告会社の下請けをしてきた関係にある事実に照らし、到底採用することができない。

してみれば、本件物件の譲渡行為は、破産会社および被告会社ともに他の一般債権者を害することを知つてしたものと解するほかはない。

そして《証拠》によれば、被告会社は本件物件を代金四一六万五五二五円で他に処分した事実が認められる。従つて、本件譲渡行為の否認により、被告会社は原告に対し、右金四一六万五、五二五円とこれに対する被告が本件物件の引渡しを受けた日の後である昭和四二年九月八日から完済まで商法所定年六分の割合による金員を支払う義務があるものといわなければならない。

三  金二〇〇万円の弁済について

《証拠》を総合すれば、次の事実を認めることができる。

昭和四二年六月二八日前示のとおり破産会社が不渡手形を出した当時破産会社の従業員、労務者に対する給与の未払分が約四〇〇万円あり、破産会社としては、第一にその支払いをしなければならない立場にあつた。

しかるに、破産会社として右支払いにあてうるものとしては、当時東京都水道局に対する工事代金債権四一七万八、〇六一円のほかには殆んどなかつたので、右債権を回収して従業員等に支払おうとしたところ、右債権は被告会社および日本舗道株式会社より仮差押を受け、支払いを受けることができなくなつた。そこでやむを得ず、当時破産会社の債権者委員会が保管していた破産会社の借入金のうちから取りあえず二〇〇万円を従業員に支払うこととし、債権者委員会、破産会社および従業員等の代表者鈴木新一の三者が協議し、前記工事代金債権が回収されたときは、これを債権者委員会に返済することとし、右二〇〇万円を従業員の支払いに充てた。そして給料支払請求の仮処分の申立てをし、その手続で破産会社と和解をし、この和解調書を債務名義として、右工事代金債権につき差押および転付命令を得たのであるが、前記被告会社等の仮差押命令があるため、転付債権の支払いを受けることができないし、被告会社もまた仮差押命令だけでは現実に取立てができないところから、破産会社、右従業員等の代表鈴木新一および被告会社が相談した結果、従業員等の債権の優先権を認めて、全額を従業員等の配当金として受領させた上で、その内から二〇〇万円を被告に交付させるという方法をとることとして、同年八月三一日の配当期日において債権全額を従業員等が配当を受け、同年九月七日被告会社はそのうち二〇〇万円を鈴木から受領するという形式をとつた。もつとも、被告会社は右二〇〇万円の領収証を破産会社および債権者委員会宛としているが、債権者委員会として、これを了承してはいなかつた。

以上の事実を認定することができ、右認定と積極的に抵触する証拠はない。右の事実によれば、本件二〇〇万円はもともと破産会社の債権者委員会に返還し、債権者全員に配分されるべき性質のものであり、これを被告会社に交付すれば、それだけ一般債権者を害することは明白であるから、このような措置を定めたことは、破産会社、従業員等の代表者および被告会社のいづれもが、一般債権者を害することを十分承知しながら、あえてこれを行なつたものといわざるを得ない。なお、被告会社は、本件工事代金債権について、被告会社に先取特権があると主張するが、これを認める証拠はない。

しかして、右二〇〇万円の被告会社への支払いは、従業員等の受けた配当金から支払うという形式がとられているが、本来右二〇〇万円は破産会社もしくはその債権者委員会に返還さるべきものであり、破産会社、従業員等の代表者、被告会社の三者の協議の上で、破産会社の被告会社に対する債務の弁済としてなされているのであるから、実質は破産会社の弁済とみるのが相当である。従つて、本件弁済の否認により、被告会社は原告に対し、金二〇〇万円とこれを受領した日の翌日である昭和四二年九月八日から完済まで商法所定年六分の割合による金員を支払う義務があるものといわなければならない。

四  以上によれば、原告の本訴請求はいづれも正当として認容すべきである……。

(裁判官 西村宏一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例